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2018-03-20

ボブスレーの大会で優勝した、鎌ヶ谷在住の “ボブスレー選手” 一場治之進さんに会ってきた


先月の平昌冬季オリンピックでの日本選手の活躍はすごかったですね〜(そだね〜)

私はどちらかと言うと冬季五輪の方が好きなので、今回も開幕から毎日よく見ていました。

さてそんな冬季五輪の種目にもある「ボブスレー」をご存知ですか?

氷上のF1と言われ、下町ボブスレーでも話題になりましたね。

そんなボブスレーの選手が鎌ヶ谷に住んでいて、しかも1月の大会で優勝したとの情報を聞きつけ、取材させていただくことにしました。

 

ボブスレー選手 一場治之進さん

一場選手は、鎌ケ谷市在住で、現在福太郎アリーナを練習拠点にしているとのことで福太郎アリーナへ行って来ました。

福太郎アリーナ

一場治之進さん

一場治之進さんは神奈川で生まれ、小学校入学前に鎌ケ谷市に移り住んで以来ずっと鎌ヶ谷で育ち、今も鎌ヶ谷に住んでいます

東部小学校→鎌ヶ谷二中→柏陵高校→中央学院大学という経歴です。

中学から陸上競技を始めて、ずっと陸上をやって来ました。

社会人になって市川市にある社会人チームに入った時に、ボブスレー選手で長野五輪代表の小野田選手がいて、誘われてボブスレーを始めることに。実はボブスレー選手は陸上や他種目と掛け持ちしている人が多いそうです。

当初はボブスレーで誘われましたが、スケルトンという一人乗りのソリ競技に出会いそちらに注力していくことになりました。

2002年のソルトレークシティオリンピック出場を目指していて、全日本選手権で3位のタイムを出していましたが、残念ながら出場はできませんでした。

そこで一度スケルトン競技を離れることに。その後しばらく社会人として働きながら、ウエイトトレーニングを中心に体を動かすことは続けていました

 

12年ぶりに競技を再開

再開するきっかけになったのは、2014年のソチオリンピック

かつて一場さんがソリ競技をやっていた時にも活躍していた“鈴木寛選手”が、ボブスレーの日本代表としてオリンピックに出場しているのを見て、もう一度ソリ競技をやってみようと奮起したのだそうです。

競技再開にあたり、スケルトンではなく、ウエイトトレーニングで大きくなっていた体を生かしてボブスレーにチャレンジすることにしました。

1年目に全日本選手権4位、JBLSFチャレンジカップ2位と初年度から上位入賞する成績を収めました。

ところが2年目の全日本選手権の決勝戦で競技中に4人の連携が合わず、ブレーキのタイミングがズレてソリの刃がが壊れ、しかもしかもソリを押すためのプッシュバーも壊れて棄権することに。その後人間関係がギクシャクしてJBLSFチャレンジカップには出場できませんでした。

メンバーで一度腹を割って話し合い、関係を修復して挑んだ3年目。ところが選手の一人が大会前に怪我をしてしまい急遽サブのメンバーで挑むことになり、それでも一致団結して結果は全日本選手権4位でした。

そして4年目の今年、前回怪我をした選手も怪我を治して万全の状態で戻り全日本選手権3位、そしてJBLSFチャレンジカップで見事優勝することができました。

 

今後の展望

ウエイトトレーニングをする一場選手

ダッシュの練習

ボブスレーは、長野オリンピックの時に作られたコースで、ずっと国内大会や練習が行われていましたが、今年2月でコースが休止することになりました。

再開のめどは立っておらず、2026年の札幌冬季五輪の招致が決定すれば、長野との共催も考えられるが現時点では未定とのことで、今後しばらく大会が行われるかも決まっていないそうです。

「先が見えない状況ですが、今辞めるという選択肢は自分の中には無いです。いつでも競技に出れるようにトレーニングは続けて、4年後の北京オリンピックに出たいと思っています。与えられた環境の中で、結果を積み上げていかないと状況は変わらないですから」と語る一場選手。

氷のコースはないですが、にはソリを押すスピードを競う「全日本プッシュボブスレー選手権」があるのでそちらには出場するそうです。

 

ヘルメットにステッカー

 

鎌ヶ谷市に住んでいるので、ヘルメットに「かまたん」のステッカーを貼っている一場選手。

ボブスレーは決してメジャーではないですが、少しでも地域に貢献できればという思いから、市内の企業や団体で一場選手を応援してくれるなら、無料でヘルメットにステッカーを貼ってくれるそうです。

鎌ヶ谷船橋あたりも、微力ながら応援していきたいと思います。

ちなみに一場選手は週3日〜福太郎アリーナでトレーニングしているので、見かけたら気軽に声かけてくださいとのことです。


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