「薬園台」と「薬円台」どっちが正しい?
街角で見つけたソボクな疑問。今回は船橋市の「ヤクエンダイ」がテーマです。
新京成線の「薬園台駅」周辺を歩いていた時に気がついたのが、薬“エン”台の表記。園と円が混在しているんですね。
よくある表記の間違いかなと思いきや、学校名まで違うのを見た時に「あーこれは何かあるな、おかしいなー、こわいなー」と筆者の霊感センサーが働きました。
地元の人には周知の事実かもしれませんが、知らない立場から調べてみたらとても面白かったので記事にさせていただきます。
「やくえんだい」地名の成り立ち
薬園台の地名は、江戸時代に小石川養生所の薬草を栽培する園がこの地で作られたことに由来しています。薬草園では主に朝鮮人参などの漢方薬の栽培が行われており、この薬草園は幕府の命を受けた幕府御医師並の丹羽正伯と同行した日本橋の薬種商 桐山太右衛門によって設立されました。
このことから地元ではこの地域一帯を別名「正伯新田(しょうはくしんでん)」と呼ぶこともあり、戦前の地図にはその名称を見ることもできます。
また薬円台公民館の近くにはこれを記念する「正伯公園」という名称の公園もあります。
「薬園台」と「薬円台」の歴史
1889年(明治22年)の町村制施工時に千葉群二宮町大字薬園台となり、二宮町は1953年(昭和28年)に船橋市に編入され、船橋市大字薬園台という名称になります。
その後、1955年に船橋市の郊外地区の「大字」は全て「町」に変更され、薬園台町になりました。
そして、1973年(昭和48年)新住居表示が施行され、実施時に地名表記が「薬円台」に変更されます。
当時の建設省では、「町名は一般的に使われているできるだけ簡単な文字を」という方針から園→円に変わったのです。
ただこの新住所表示以前から円の略表記はかなり広範囲で行われていたようで、「この付近一円が薬園台だったという意味を含めた」との説明もあるそうです。
そのような背景もあり、町名の変更はほとんど異論なく行われたと思われます。
これにより「市の管轄の施設」は全て「円」を表記することになりました。
つまりまとめると以下のようになります。
◎1973年以前からあり、市の管轄でない施設は「園」
◎1973年以前からあり、市の管轄である施設は「円」
◎1973年以降にできた施設は「円」
ちなみに薬円台1丁目の南に「薬園台町1丁目」という地名が今も残っている。これは薬円台1丁目〜6丁目までの新住所表示が実施された後に、未実施地区として残された小区域何ですね。
読者の皆さんも住んでいる町の「ソボクな疑問」がありましたら、お気軽に編集部までお寄せください。調べて記事にさせていただきます。情報提供はこちらからどうそ↓
コメント4件
前原が、「まえばら」と「まえはら」表記、発音に分かれるのも気になってる。。。
-
2003年までは、「まいはら」が正式な読みでした。
ご参考までに。
法典が、「ほうてん」なのか「ほうでん」なのか、法田中の「法田」と関係があるのか知りたいです。
あと「桐畑」は「きりはた」か、「きりばた」か「きりはたけ」か知りたいです。
私は船橋市民ではないのですが、船橋の町が大好きで行くのを生き甲斐に感じていて、サイトで船橋の事を調べたりしています。
分かりやすい内容の記事をありがとうございます。
勉強になりました。