飯山満は、ハサマ?ハザマ?イイヤマミツル?
街角で見つけた素朴な疑問。今回は船橋市の「飯山満」がテーマです。
私も初めて見た時は「イイザンマン」と読みました(なんかキン肉○ンに出てきそうな超人みたい)。
いや〜難読地名ですよね。その後「ハサマ」と読むことを知った時は、なるほどそうきたか〜と思ったものです。
しかし、先日ハサマ周辺で「んっ?」と思わず立ち止まる看板があったんです。
「あれー?なんか変だな〜、おかしーなー、怖いなー」と筆者の霊感センサーが反応したので、調べて見ました。
ハサマ?それともハザマ?
駅名も住所も「ハサマ」と読ませるが、上の写真の例にもあるように、「ハザマ」と読む住民の方も相当数いるんですね。
室町時代ぐらいの文献に「はりまざま村」の名前が出てくる ため、もともとは 「ハザマ」と呼んでいたが、次第に濁りが取れ「ハサマ」になっていったというのが通説らしいです。ちなみに「ハザマ」と読むのは割とご年配の方に多いのだとか。
「ハサマ」とは一般的には「台地に挟まれた地形」や 「池や川の間」を指す言葉です。
現在の飯山満町一丁目集会所付近の、小さな谷にすっぽりと収まった集落が地名の起源とされています。
さらに、山奥にも関わらずお米がたくさん穫れたので、 「飯(が)山(のように)満(ちる)」の字を当てて「飯山満」となったという言い伝えもあります。
「飯山満」の漢字は、江戸時代初期には既に使われていて「上飯山満村」「下飯山満村」が地名としてありました。
そんな飯山満を歩いて見つけた「へえ〜」なスポットをいくつかご紹介します。
(*地図の番号と写真の番号が連動しています)
①飯山満の起源
この辺りが「飯山満」の由来と言われています。左にある集会所の場所にはかつて池があったそうです。
②子ノ神
今はもの寂しい感じですが、かつては縁結びの神様として崇められており男女の参拝が絶えなかったそうです。
③上飯山満橋
橋がつなぐ二つの台地はかつて一体でしたが、芝山団地造成の際に割り掘られました。ここから一望する船橋市街は絶景です。
④蒟蒻神社
大神宮境内にある石碑。昭和の初めにこの辺りで蒟蒻がたくさん取れて利益が上がったのでそのお礼に住民が築いたもの。不白に見えるのは船橋市内最大の富士塚です。
⑤飯山満城跡
現在は跡形もないですが、中世にこの辺りに「飯山満城」があったと伝えられています。
皆さんが住んでいる街にも調べてみると面白い歴史があるかもしれません。
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