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2019-01-19

千葉県のラーメン黎明期から戦い続けるレジェンド「パンケ 京成大久保店」

昨年末に知人から今年の漢字を一文字で表して・・と、言われ当然な顔で「麺」と即答しました。皆さんは昨年の漢字一文字は何でしたか??

自称日本一ラーメンを食べているアスリート(自分調べ)こと一場治之進です。

今年も鎌ヶ谷・船橋・白井・それに習志野のラーメン屋を取材し、イチバ的視点でお店の魅力を皆さんに伝えて行きたいと思います。

年末年始は毎年ラーメンネタが多く出ますね。その中で「名店」と言う言葉を耳にしますが、「名店」の定義は何でしょうね。色々あるとは思います。

第17回はイチバが勝手に「千葉県の名店」であろうと思っている1店に来ました。そのお店は「パンケ京成大久保店」です。

場所

大きな駅ではないが大学生が多い京成大久保駅

「パンケ京成大久保店」は京成電鉄の「京成大久保駅」改札を出て右側。「学園おおくぼ商店街」の入口に向かって右側に進むと右手にあります。距離にして100m程ですね。

駅前の通りを右に歩くとすぐにお店がある

しっかりとしたビルの1階に赤くレトロな看板「パンケ」と言う文字。「パンケ」とはアイヌ語で「川下」などと言った意味です。

「パンケ」とはアイヌ語で「川下」と言う意味だ。

ちなみにこの「パンケ」、本店は八千代市にありますが今でこそラーメン王国になった千葉県がまだラーメン「不毛の地」と呼ばれていたラーメン黎明期から首都圏に名前を轟かせていたんですね。県内には「パンケ」の流れを汲むパンケ系」が数店存在しますが、どこも早い段階で本場に負けない上質な札幌ラーメンをだす事で知られていました。 「パンケ」はまさに千葉県のラーメン店のレジェンドと言っても過言ではないお店です。

イチバのRMYK(ラーメン用語解説)
説明しよう!パンケ系とは女優「岩崎ひろみ」さんの実家である「パンケ八千代店」を本店として、その流れを汲むお店だ。暖簾分けとして「パンケ京成大久保店」「パンケ成東店」他に「コタン」「幌(閉店)」などが上げられる。パンケ系は千葉県のラーメン黎明期に首都圏で名を轟かせていた札幌系の優良店で、スープに質の良さに定評があったり味噌をハンドミキサーで混ぜるのが大きな特徴。どのお店も心温まる様な味噌の素朴な旨味とまろやかさが魅力。

老舗マニアなイチバは「パンケ」の取材と聞いて緊張です。かつて札幌ラーメンの象徴であった製麺所「西山製麺」からの暖簾を見て、さらに緊張しまくりです。僧帽筋が緊張で盛り上がっているので、このままじゃいけないと深呼吸する次第です。

西山製麺から送られた暖簾。札幌は製麺所が暖簾を寄贈する風習がある

 

イチバのRMYK(ラーメン用語解説)
説明しよう!札幌ラーメンとは、キングオブご当地ラーメンであり「日本3大ラーメン(札幌・喜多方・博多)」の一つと言われる。モチのロン(←死語)で北海道札幌市発祥で現地の大きな観光資源である。元祖は1922年に「竹家食堂(現在は暖簾分けで神戸で営業)」が出した「拉麺」と言われるが、現在の原型は北海道を代表する製麺所「西山製麺」を創立した「だるま軒」と考えられる。「札幌らーめん」=「味噌ラーメン」と言うイメージは札幌市内の「味の三平」が味噌ラーメンの元祖であり、市内に味噌ラーメンを提供するお店が多く出来た事・さらに市販の「サッポロ一番」などが全国的に売れていた事から根付いた。また、「どさん子」など、札幌ラーメンを前面に出すチェーン店が全国展開することで、ご当地ラーメンとしての地位を確立した。確実な定義はないが、イチバ的には「野菜・味噌・スープ」を鍋で炒めて1体化したスープに多加水の卵麺を合わせたお店が多い事。イチバは札幌に何度も足を運ぶが、まだまだ食べていないお店が多すぎて、悩みの種だ。

 

大会のレース直前の様に深呼吸・・通行人が塩っぱい顔で通り過ぎる。

完全に通行人に不審がられながら、暖簾を潜ります。

色々うんちくを述べたけど、まずは入らないと・・。

店内

店内は厨房を囲む大きなカウンター15席が印象的で、端に4人がけ・2人がけテーブル席があります。合計で21席と広めですね。

厨房を囲むようにカウンターがある。独特な作りだ。

歴史ある店舗なのですが、とても綺麗に掃除されているせいか古さを感じません。また、開放的で家庭的と言う独特な雰囲気があります。

ご高齢のお客さんがテーブルで美味しそうに食べている風景もあった。

取材中に入って来たお客さんはほぼ常連客で、年齢も幅広くご高齢の方も多く見ました。このお店はこの地域にはなくてはならない存在なのが客層から分かります。

地域に根付いたお店だ。

店内の年季の入った雰囲気に見とれてしまったイチバですが、まずは注文せねば。「札幌系」と言えば・・・頭には何を食べるか決まっていましたが、やはり店主の押野さんにオススメを聞かねば。

「やっぱりみそが一番出るね!じゃあ作っちゃって良いかい??」

予想通りだったので、モチのロン(←死語)でお願いしました。

左上の法則ならず右端の法則な今日この頃・・。

調理

店主の「押野さん」にお願いして調理風景を見学させて頂きました。

「いいよ、大したもんじゃないから」と、言われましたが・・・イチバが個人的に見たいので、何とかお願いして遠めで見学させて頂きました(汗)

厨房では店主の押野さんがキビキビと動きます。厨房の奥で仕込みをしていた押野さんの弟さん、他にスタッフが1名。フロアは押野さんの奥さんが担当しています。

札幌系と言えば、野菜を炒める。食欲を刺激する音が湯気が・・・・。

札幌系らしく、野菜を中華鍋で炒めます。野菜の香ばしい香りが漂いますね。昨今のラーメンと違い、炒めると言う技術は一朝一夕では習得出来ません。

「パンケ流」は従来の札幌系からアレンジしてスープと野菜は一緒に炒めない

札幌の味噌をブレンドした味噌ダレが入った丼の中に熱々のスープを投入。所謂、札幌ラーメンは味噌ダレ・スープ・野菜を鍋の中で炒めてスープを完成させますが、パンケ流はここがオリジナルです。

パンケと言えば「ハンドミキサー」。

スープと味噌ダレを「ハンドミキサー」で混ぜ合わせます。これがパンケの大きな特徴ですね。手作業でなくハンドミキサーを使う事で、しっかりと混ざります。

「この味噌は固くてね、手じゃしっかり混ざんないんだよ。ハンドミキサーは(パンケ)八千代のオヤジ(社長)の案なんだよ」

茹で上がった「西山製麺」の麺を丼に投入

暖簾にも名前が書いてある「西山製麺」の麺が茹で上がり、丼に投入。野菜を炒めて・ハンドミキサーでスープを混ぜて・麺を茹で上げる。一連の流れがスムーズですね。

炒めた野菜を乗せて完成!!

これがレジェンド「パンケ京成大久保店」の「みそ」だ!!美味そう!

オールドスタイルですが、温かい雰囲気の完成されたビジュアルです。イチバは調理中から興奮マッスルしっぱなしです。

実食

オールドスタイルの「みそ」。甘く香ばしい旨味が口の中に広がる。

スープ豚骨・鶏ガラ・野菜がメインで、ハンドミキサーで混ぜた味噌ダレがジワリジワリ効いています。ハンドミキサーの影響なのか、味噌が平べたくなくまろやかに効いています。スープの地力も素晴らしいですね。炒めた野菜の香ばしいエキスがスープにも溶けて、派手さはないものの力強さを感じます。まさに「良質」と言う言葉がピッタリです。味噌の旨味がフルに活用されていて、日本人としてのDNAが「美味い」と感じます。

まさに玄人向きの「良質」なスープ。ジワ~と引き込まれる。

麺は前述にも書いた通り「西山製麺」中縮れのサッポロ麺ですね。この製麺所は札幌を代表して、現地の小学生の工場見学の定番になる程歴史あり、根付いています。まさに札幌ラーメンの「顔」とも言うべき老舗製麺所です。

札幌系らしい黄色がかった中縮れ麺。

黄色がかった中縮れ麺はプリプリとした食感で、厚みのあるスープに負けません。縮れ具合が野菜を麺と一緒に持ち上げるので、麺・汁・野菜一体となります。時間が経っても柔らかくなりながらもヘタらないのも大きな特徴ですね。

具のチャーシューはバラ。野菜のシャキシャキにも合う。

は炒めてスープにエキスが溶け込んだ野菜・バラチャーシュー・メンマ・ネギです。それぞれの食感や旨味が味噌のスープにしっかりと合っているので、後半までリズム良く食べられます。

押野さんに言われて一味唐辛子を投入!

「一味唐辛子を入れてみな。すごい良く合うから」押野さんに言われて後半に卓上の一味唐辛子を投入~!

一味唐辛子を投入し、ピリリと味噌に1本辛い筋が入った!

一味唐辛子を投入すると、先程の「まろやか」な味噌に1本キレのある筋が入った印象になります。表現するなら、「優しさ」から「攻撃的」に変化し、後半の味変としてアリですね。

もちろん「汁完」です。

もちろん今回も「汁完」!美味かったぁ~!!

先程から気になっていた「餃子」に手を出そうと立ち上がった所で我に返ります・・・

そう言えば今回はレポで来たんだった・・・。

美味しさと興奮でつい忘れるところでした(汗)

 

お店のこと ~どさん子時代~

社長の押野さんにお話をお伺いしました。

本物の「職人」押野さん。どんな歴史を歩んできたのか聞いてみました。

押野さん母が北海道夕張出身・父が山形出身東京都生まれだそうです。

3人兄弟の長男で、若い頃のエピソードを聞くと、ボブスレー選手のイチバに負けず劣らずの超アクティブな青春時代を送っていたそうです(そのエピソードはご本人から聞いて下さい)。ちなみに、かなりのイケメンでした(昔の写真確認済)。

そんな押野さんが食の門を叩いたのは大手チェーン店の「どさん子ラーメン」でした。チェーン店と言っても、イチバの記憶では昭和の時代の「どさん子」は早い時期に業務用スープを導入し、店舗ごとの品質を安定させるだけでなく首都圏に札幌ラーメンを広めた・・・首都圏におけるご当地ラーメンのパイオニアとも言えます。

「どさん子」から始まったラーメン人生!

「あの頃は店の2階に住み込みしながら働いていたよ。調理を担当してて面白かったなぁ~。どさん子には宝来(札幌市)出身の奴もいて、色々教えてもらったよ」と笑顔で当時を振り返る押野さん。

「宝来」と言えば札幌の老舗中華料理店ですね。まさに札幌の縁です。

「その後はグループのラーメン大学も任されてね。5年ぐらいチェーン店にいたよ。当時はラーメン1杯¥200ぐらいだったけど、1日で9~10万円ぐらい売ってたよ(笑)」・・相当な繁盛店ですね。チェーン店とは言え、若い頃に相当な杯数のラーメンを作っていたのがお話から分かります。昼時は正に修羅場だったと思われます(汗)

 

お店のこと ~パンケとの出会い~

押野さんは独立して千葉県にお店を出そうと考えていたそうです。

東京から千葉に。土地勘のない押野さんがまず始めたのは??

「千葉県に店を出そうと思ったけど、地の利(土地勘)がないから張り紙で募集していたパンケに修行として入ったんだよ。始めは素人のフリして見ていたけど、段々と(厨房を)任せられる様になって、色々と変えたんだ。お蔭で1~2年の予定が辞められなくなってね(笑)。ハンドミキサーの案は社長だけどね。味噌が硬くて手でかき混ぜても溶けないんだよ。」パンケ本店では仕込から厨房まで任されていたそうです。

「パンケ」の押野さん。念願の独立に当たって・・・・

パンケを辞める時に、パンケの社長から退職金代わりに暖簾をもらったんだ。名前使って良いよって・・・。始めは八千代の客も来てくれたんだよ。他所より¥100高く売ってたのに、すぐ並ぶようになったよ。前は今のお店の道路挟んで向かいにあってさ、客と喧嘩したこともあったなあ。包丁持ってくる奴とかいたし、あの頃は命がけだったね(笑)」

その後、9年経ち現在の場所にビルを建てました。現在の場所で28年・・・計37年になります。

「ラーメンでビルが建つのか・・・」イチバは絶句しました。

駅前にラーメンで立てたビルが・・・まさにラーメンドリーム!

現在は押野さん・三男(弟)さん・奥さん・従業員で「パンケ」を切り盛りしています。

 

パンケと次男と幌

パンケ京成大久保店と言えば、イチバはあるエピソードがあります。

数年前、もちろん「マッスルラーメンレポ」を始める前ですが・・・いつも通りトレーニング後にラーメンを食べようと検見川のあるお店に行きました。決して大きなお店でなく大きな通り沿いではありません。カウンターと厨房が近いので、そこの店主とラーメンの話になりました。当時頼んだメニューは「しおバター」。スープの出来がかなり良く、炒めた野菜のエキスとバターの香りがマッチした名店でした。

そのお店にも同じ味噌ダレはあったんだ・・・。

「俺の兄貴は京成大久保駅の近くでパンケを経営してるんだよ。そこで修行して作り方を教わったんだ。俺はパンケの暖簾は貰わなかったけどね(笑)」と笑顔で語ってくれた気さくな店主。

パンケについて・兄について・・食べ終わるまでそんな会話をしていました。

そのお店の名は「らーめん 幌」

その話を押野さんにすると・・・

イチバの思い出の味「幌」は押野さんの弟さんのお店だった。

「それは次男(弟)だよ。うちで働いていてね。本当に炒め技術が上手かったなぁ~。あいつが入って確実に売り上げ上がったんだよ」懐かしそうに話します。

その次男さんは2018年1月に亡くなられて「幌」も閉店したそうです。イチバの頭には、あの「しおバターラーメン」が脳裏に映りました。

パンケも幌もそれぞれドラマがあったんだなぁ~と思いました。

「俺は津田沼に店出すのが夢だったから、そこに出す様に勧めたんだけど・・あいつは女房の実家があった検見川の方に出してね・・・。」押野さんは少し寂しそうに言います。

でも、あの小さな厨房だったからこそ「幌」の次男さんと話す事が出来たのかもしれないなとイチバは思いました。ちなみに「幌」「ポロ」はアイヌ語で「大きい」「多い」。

もしかしたら小さなお店の「幌」を大きくしてラーメンでビルを建てたお兄さんに続こうという目標があったのかもしれません。「幌」のラーメンは過去3回食べましたが、炒め技術だけでなくスープ自体も本当に美味しかったです。

押野さんが炒め技術で太鼓判を押す「幌」の「しおバター」。

レジェンドの心意気

押野さんはもともと東京出身と言う事もあり、ラーメンを食べ歩いてたそうです。その口からは伝説になった老舗の名前が次々に出てきます。「永福町大勝軒」「ホープ軒」「丸福」「土佐っ子」・・・老舗マニアのイチバはピクッと反応し「丸福とか、名店ばかりですね~春木屋とか好きですよ僕は」「春木屋か~あそこ美味いよな~」老舗ラーメン談義に花が咲きます。

老舗マニア同士、ラーメン話に花が咲く。

さて、話を戻し・・押野さんにラーメンを作る時に気をつけている事をお伺いしました

「1杯1杯を丁寧に作っているんだ俺は。味は大きく変えないけどガラの配合とか微妙に変えながら良い物を使う様にしている。厨房の掃除も徹底しているよ。汚いところでいいものは作れないからね。お店ってのは作るより維持するほうが大変だから。常にラーメンに真摯に向き合っているよ」と語る押野さん。

古くなっても後退しないよう、昨日より今日、今日より明日。少しずつでも今より良い方向になるよう考えている。それこそがお店を維持していく事なのだなと感じました。その思いからは先程話に出た名店の1つ「春木屋」春木屋理論」を思い起こさせました。

イチバのRMYK(ラーメン用語解説)
説明しよう!「春木屋理論」とは・・・昭和24年創業で東京を代表する荻窪ラーメンの雄「春木屋」。その「春木屋」が長年支持されている理由として、「常連客に常に変わらず美味しいと言ってもらうためには、常連客に気づかれる事なく微妙に味を変えていかなければならない」と言う春木屋の持論だ。確かに昭和の時代から考えると食材の事情も良くなり、客の舌も肥えてくる・・・と、聞いたときには妙に納得してしまうイチバだった。ちなみに「それは春木屋理論だな・・」とサラッと言えるとちょっぴりデキる男に見えるかなと感じるのは単なる自意識過剰の錯覚だろう・・。

ここに昭和の名店に共通する真面目さひたむきさ誠実さをイチバは感じました。

最後に、取材を通しての感想として押野さんの家族・兄弟を大切にしている温かい姿がラーメンの味にしっかりと出ていると感じました。

間違いなく千葉県を代表するレジェンド「パンケ 京成大久保店」の押野さん!!温かい1杯!本当に美味しかったです!

 

マッスルコメント

千葉県のレジェンドの作るラーメンを食べて、イチバも千葉県のレジェンドに勝負を挑む!!

マッスルガチンコ勝負!!(友情出演:鎌ヶ谷市在住 レスリング ベテランズ世界大会 元銀メダリスト 掛札氏:右 ※上は元ハンドボール元国体千葉県代表の掛札氏の双子の兄)

 

パンケ 京成大久保店

住所/習志野市大久保2-1-1

TEL/047-478-9191

営業時間/11:30~23:00(又は材料切れまで)

定休日/月曜(祝日の場合は翌日が休み)

↓地図はこちら

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